どんな人でも住める、オーソドックスな家にしたかった
京都にある、昭和2年にアメリカ人設計士のヴォーリス氏によって建造された駒井家住宅をイメージして新築の家を小田原に建てられたS様。
リタイア後に暮らす予定のお宅へのこだわりを伺う2回目です。
個性のない家にする、それがこだわりでした
■幼い頃にあった、何の変哲も無い家がいい
――素敵なお宅ですね。こだわりがあれば、教えてください。
(旦那様)私は昭和初期の頃をイメージした家を造るときに、その考え方には2つあったと思うんです。
一つはありとあらゆることを想定して造り込んでいくという考え方。
もう一つは単なる箱であり、そこに自分の家具や生活を持ち込んで、自分で好きなように家を作り上げていくという考え方です。
基本的に私たちは後者の家を建てたつもりなんですね。
造り付けの家具は極力少なくして、部屋も、とりあえずの想定はあっても、後で使い方を変えられる家にしたいという思いがありました。
現在のよくある家から見ると、この家は一風変わったものに見えるかもしれませんが、私が子供の頃にあった、何の変哲もない家を造ったつもりです。
■私達より長生きをするであろう家。だからこそ、住む人によって色付けができる家。
――何の変哲も無い家。こだわられたのは、幼い頃の記憶にある家ですね。
(奥様)そうです。四角い箱があって、三角の屋根が付いているみたいな家です。
この家は、私たちの後もいろいろな家族が住むことを想定しています。
私たちとは好みや家族構成が異なる人たちが住んでも、いかようにも合わせられる家なのではないかと。
(旦那様)奇をてらった主張の強い色を使っているわけでもないし、特別なデザインをしているつもりもありません。
どのようなライフスタイルにも適合できるように普通のものを選んだ結果、こうなりました。
私たちがヴォーリス氏が設計した駒井家住宅が良いと思ったのも、彼が造った家の普通さに共感したからなのです。
3.11 大震災を機に、リタイア後の人生を送る場所と考えてこの地に
■都会から離れて、幼い頃過ごした小田原に家を建てたい
――今はまだ東京にお住まいとのことですが、小田原の地に家を建てられた理由は何でしょう?
(旦那様)この小田原に家を建てようと思って土地を購入したのは 3.11 大震災があったすぐ後、2011年の事です。
今はまだ東京に住んでいますが、年を取ってからあのような大きな災害が東京で起こったら、大変な混乱の中で生きていくのは厳しいという思いがありました。
私の実家が小田原にあったこともあり、いつかは戻ってきたいとも考えていたのです。
■災害にも耐えられる家を小田原に
――災害が起こったときのことも考えて家を建てられた?
(旦那様)ある程度の想定をしています。この家にはエアコンなどの暖房器具も付いていますが、震災などの災害でライフラインが止まってしまったときのことも考えて薪ストーブを入れました。
屋根に太陽熱温水のパネルを付けたのですが、連結されたタンクの水が数日はもちますし、目の前には川が流れているので、水にも困らないだろうと考えています。
キッチンの戸棚にわざわざ耐震ラッチをつけていただいたのも食器ぐらいは割れないようにしたいとの思いからです。
内開きのドアから石の床が続く玄関
――普通日本の家の玄関ドアは外開きです。でもS様のお宅の玄関は内開きのドアなのが特徴的ですね。
(旦那様)雨が吹き込んできたりすることを考えると内開きのドアは難しいですよね。でもうちの場合は玄関の前は屋根があるので大丈夫です。
日本の家はスペースの問題もあるのでしょう。西洋の家は内開きがスタンダードなので、せっかくSIMPSONの玄関ドアにするなら内開きのドアにしたいと考えたのです。
■ドアから室内へ、一続きの空間
――玄関からお部屋へと石の床が続いて広々と感じますね。
(旦那様)外から玄関のドアを開けて入ってくることを考えると、中まで石の床が続く、ひとつづきの部屋の雰囲気を出したかったのです。
庭がありますから、庭からも出入りしやすいように、玄関から続いている土間をイメージしています。
■ドアを押して家の中に入るので、キックパネルを
――あまり見かけないのですが、ドアの下には金属製のパネルが付いていますね。
(旦那様)これはキックパネルといって、外から足で押し開けるためにあるものです。内開きだからこそつけられるパーツでしょう。
■レトロ感のあるゆらゆらとしたガラスを玄関ドアに
――こちらの玄関ドアには上部に、SIMPSONのシーディーバロックガラスがオプションで組み込まれていますね。
(旦那様)今ではインターホンにもカメラが付いていますが、昭和の家では誰かが訪ねて来たときに、なんとなく外の様子を伺ったりしました。
それと光があまり入らないので、玄関は暗くなりがちです。なので明かり取りの意味もあります。
額縁のような木の枠が印象的。しまえる引き戸を
――キッチンへ続くガラスのドアも駒井家住宅を思い起こすような、レトロな洋館の雰囲気がありますね。
(旦那様)ダイニングに限らず各部屋ごとに仕切りがあるのは昔の家では普通で、気密性と断熱性の高くなった今の家でもやはり、ここに扉があった方が良いと思いました。さらに言うと、季節によっては開け放しておいても見栄えがいいものが良いものをと考えて、扉を壁の中にしまうことのできる、SIMPSONのポケットドアを選びました。
片寄せのドアですと開放できるスペースが半分になってしまいます。1F の部屋はそれぞ れ開け放すことができて、一つの空間のように見せられるようにしたかったのです。
■扉全体に玄関ドアと同じ大正ロマンを感じさせるゆらゆらとしたガラス
――このゆらゆらとしたガラスは雰囲気があります。玄関ドアに入っていたガラスとお揃いですね。
(旦那様)SIMPSONのカタログにこのガラスが載っていて、ゆらゆらとした感じが良いなと思って決めました。
(奥様)向こう側がぼんやりと透けて見えるところに大正ロマンを感じます。
最初にこちらのガラスを決めて、玄関のドアに入っているガラスも同じものにしました。
駒井家住宅のイメージが一番出ている場所、こだわった折り返し階段
――この下から覗く、折り返しの階段は駒井家住宅の雰囲気とよく似ていますね。
(旦那様)この階段に使っている建材も、アメリカでは普通に供給している建材だと思います。
このような折り返しの階段はやはりスペースをとるので、都市部の家では使いづらいのでしょうがここは田舎なので。
階段に座ることもできるのでそれ程無駄な場所という訳でもありません。昇り降りのしやすさ、家の中心となる象徴的な場所ということを考えて、レトロな雰囲気を取り入れました。
■段数は奇数にこだわってカスタマイズ
――階段の段数や幅にこだわりがあったそうですね。
(旦那様)階段部分がコの字型で3つに分かれているので、各踊り場で足を揃えて、同じ足から踏み出さないと違和感というか、足の運びがずれるような感覚がありました。
すべて奇数の段数にしてほしいということ。天井の高さと部屋の幅とのバランスを考えた階段全体の見栄え。年をとっても段が高すぎて昇り降りが辛くないようにと考えて、細かいお願いをしたのです。
■年を重ねても昇り降りしやすい。手摺の高さもリクエスト
――駒井家住宅の階段の手すりはカーブがかかっていますが、この家では直線で作られていますね。
(旦那様)駒井家住宅はすごく凝った作りです。ポストからポストに渡すレールが上の方では急なカーブがついています。
デコレイティブである分、手すりとしては使いにくいと思うのです。
この家はオーソドックス。
日本の基準だとあまり手すりが低いと人が転げ落ちたら困ると、高めに作られていることが多いのです。
この手すりは「つかまって歩く」という考え方で、自然に手が添えられる高さになるよう、普通より少しだけ低めにしてあります。
デザイナーによる、ここがポイント
LJ SMITHの階段建材は、私たちが普通に取り扱いしているものですが、お施主様のこだわりである奇数段で家の幅に収めるため、何度も段割の設計を繰り返し、建材をカットして今回のような仕様になりました。
階段の手すりの高さも人が手を自然に添えて昇り降りできるよう、計算された高さに変更しています。このように家や、住まう人のスタイルに合わせたカスタマイズもできます。
■駒井家住宅でよく使われているSUN BURST式の窓を象徴的に
――駒井家住宅では小窓の上が丸くなったSUN BURSTの窓がたくさん使われています。この家では吹き抜けの階段で印象的に使われていますね。
(旦那様)ラウンドトップも今でも輸入住宅によく使われるスペイン風のデザインです。駒井家の時代にもスパニッシュ・コロニアル・リバイバルというスタイルが世界的に流行していたようで、うちでも控えめに一ヶ所だけMARVIN社製のアーチを付けてもらいました。
■屋根の瓦のグリーンに合わせて、窓枠を選択
――MARVIN 社の窓枠を選ぶ決め手はなんだったのでしょう?
(旦那様)駒井家住宅は屋根の色と窓枠の外観の色調が揃っていて、それがイメージの中にありました。
結局グリーンの瓦を選んだので、窓枠も同じような色にしたかったのです。そして家の内側の窓枠は木製が良いとご相談しました。
――色もポイントだったのですね。
(旦那様)はい。このMARVIN社製のインティグリティーは外が樹脂でできていて内側が木の窓枠です。外枠の色はエバーグリーンという色で、瓦の色ともピッタリ合っていて良かったです。
■窓はすべて上下に開閉するタイプを採用
――こちらのお宅は駒井家住宅と違い、上下に開閉する窓ですね。
(旦那様)日本の気候では蚊のような虫が入ってきてしまうので網戸が必要です。
外や内側に開くタイプですと、内側にもう一つ網戸をつけるか、引き戸式だとどちらかをはめ殺しにしないといけなくなります。
そこで窓枠は全てMARVIN社製の上げ下げして開閉するタイプを選びました。
(奥様)木の色もごく普通の黒っぽい木の色が希望でした。赤味や黄味のない木の色ということで揃えていただきました。
――MARVIN社製の窓枠を日本の家に設置するのは大変ではないですか?
(旦那様)ごく普通のツーバイフォーの家であれば施工もそれほど難しくはないと思うのですが、この家は日本の工法で作られています。瓦屋根で漆喰の厚い壁のため、ちょっと勝手が違うので、施工も含めてお願いをしたのです。
■漆喰の壁の白にブラウンの木、幅木がアクセントに
――枠木の幅が太くて、これがアクセントになっていてオシャレに見えますね。
(旦那様)昭和初期の家を考えると、白い漆喰の壁に木の柱というのはとても普通の造りだと思うんです。枠や巾木も造作や機能から必要だったのだと思います。現代の日本の家はモダンでシンプルが主流なうえ、建具も便利な製品が多く開発されて枠や巾木は必要なくなったのかも知れません。
また都市部の家では規制によって単純な箱型がむずかしいでしょうから、枠や巾木も装飾としてはうるさく見えるのでしょう。アメリカでは今も伝統的な建具が多く使われていて、天井の高さに合わせて割合的に枠や巾木はこのくらいというルールがあるようで、この家にも採用しました。 結局それが昭和のイメージにつながっています。
室内のドアはなるべく同じような統一感を持たせたい
――2Fの室内のドアはすべてSIMPSONの6パネルドアを採用していますね。
(旦那様)シンプルとは言っても、ただの1枚板ではつまらない。家全体的に統一感を持たせるために、キッチンや玄関の下駄箱で採用した、DeWilsのSHAKER(シェーカー)と同じようなデザインのものを、と考えました。SIMPSONでもSHAKER(シェーカー)スタイルの框(かまち)という枠のあるものにしたかったのが一つ。
それと部屋やトイレのドアには上の方にフックを付けることにしたので、強度的に真ん中の板は厚い方が良いということ。
そしてもう一つ、引き戸などの他のドアと共通の、真ん中に帯が入っているデザインにしたくて、6パネルのドアを選びました。
■奥様のお部屋は他を邪魔しない、優しいベビーブルーの色×ホワイトで
同じ扉でも外側はその他の部屋と同じ木ですが、内側の奥様のお部屋は、白くペイントしています。
――奥様のお部屋は壁の色が優しいお色で、ドアの内側も白ですね。
(奥様)家を建てる前から、私の部屋の壁はペイントしたいという夢がありました。駒井家住宅のサンルームの雰囲気が可愛らしくて好きだったので、要素を取り入れたかったのです。
とはいえ、家全体のイメージも壊したくはありませんでした。他の部屋ともケンカをしないように、ペイントは落ち着いた色を選べるイギリスのメーカーのものを指定して使ってもらいました。
2Fの夫の部屋や書斎と合わせて、ドアは同じSIMPSONの6パネルドアですが、内側の私の部屋側だけ、白くペイントしてもらったのです。
■ドアノブやフック、ストッパーなどのパーツでバリエーションを
同じデザインのドアでも、ドアノブやフックなどのパーツはバリエーションがあります。統一感を保ちながら、どこか少し違う、遊び心も伺えます。
――ドアノブは駒井家住宅でも見られるようなクリスタルも使用していますね。
(旦那様)このドアノブも、ずっと昔からあったデザインです。
いわゆる昭和レトロの家とは、先程のスパニッシュ・コロニアル・リバイバルのように当時の世界的な流行を、日本の大工さんが自分たちの伝統に取り入れて作った和洋折衷の家だと思います。
日本ではその後モダンに押されて流行として終わってしいましたが、アメリカでは家が長持ちするせいかスタンダードとして残り、その定番スタイルの輸入建具にピンとくるものがあったということなのだと思います。もし10年後、20年後にリフォームすることになっても同じスタイルの部材が手に入るのではないかと期待しています。
6パネル以外のドアも真ん中に帯のあるデザインのもので統一
■部屋のドア以外も統一感を持たせて
――部屋のドア以外もSIMPSONのドアを採用していますね。
(旦那様)同じメーカーのドアで、なるべくデザインを増やさないようにするように心がけました。
大きさや型番は違っても、色は妻の部屋のペイント以外は同じで、ドアも真ん中に帯が通っているもので揃えました。
室内の納戸やクローゼットはルーバー付きのドアで風通し良く。こちらも真ん中に帯のあるデザイン。
室内の押入れなども帯付きのSIMPSONのドアを使っています。
■折戸にすることでクローゼットを使いやすく
――同じ扉でも、奥様のクローゼットの扉は折戸タイプですね。
(旦那様)クローゼットのドアも SIMPSON 社製ですが、8枚折戸にしました。この部屋はそれほど広くないので、限られたスペースで広く開けられるようにデザイナーさんにお願いをして、折りたたみ式で開閉できるようにしてもらったのです。
(奥様)おかげさまで、レールの幅をとらずに、大きく間口を広げることができ、出し入れも楽になりました。
■屋外の倉庫も同じようなデザインの扉で
――こちらは室内にあった納戸と同じタイプですね。
(旦那様)同じデザインですが、これは耐候性のある塗料を使っています。上に屋根もあるので、同じものでも屋外に使えます。
■パーツは同じトーンで目立たないように
引き戸のパーツも同じカラーデザインで揃えて。できるだけ余計なデザインを増やさないというポリシーはここにも。
一つひとつ研究して選ばれた家
「こだわりのない家」と仰るS様ご夫妻。でもそれは徹底的にこだわり抜いて、昭和初期の洋館を研究した結果に誕生したお宅だということが、お話を伺って良くわかりました。
「なんてことはない普通の家」のどこを取っても、お洒落。この懐かしさと居心地の良さはどこから来るのか、京都の駒井家住宅にも通じるのではないかと思います。 どのようなことを伺っても、詳しくご説明くださいました。本当にありがとうございました。
(インタビュー・記事:A.W. 撮影:Y.T.)